コトダマリ

抜け殻の感性。

マグカップのふちで舌を火傷した

昔好きだった人の一番好きな所は、絶対に私のことを異性・恋愛対象として見ない所だった。

女性らしさを私に求めたりしない。

私が一方的に好きでいられる、ずっと変わらずにいられる。だから好きだった。

つまり、好きじゃなくなった理由は、そういうこと。

 

今も昔も性嫌悪がそれなりに強い。

スルースキルと処世術を身につけてそれなりに普通のふりをして生きているけれど、服を脱がなくちゃいけないタイプの病院には行けないし(心電図をとる時に過呼吸を起こしたことがある)、公衆浴場も無理、プールも無理、下着売場も無理だから自分はネット以外で買えない、言えない言葉がたくさんあるのでこの文章を書くのにもどうにか言葉を選んで頭を悩ませている。

 

生き辛すぎる。

 

幸い(?)子供が好きではないので困りもしないけれど、自分が子供を持つなんて考えられないわけ。

胸部を表現する平仮名4文字が口に出来ないのにどうやって親になれと言うのだ。

でもそもそも私が子供を苦手な理由は性嫌悪からくるそれな気がする。

 

人間の造形そのものがあまり好きではない。生温かい肌色も好きではない。

テレビのCMで乳児が肌を見せているような時、私はそっと目をそらす。なんだか鳥肌が立つ。

それって本来は種族として子孫を残すみたいな本能的な部分で、動物として歪んでいる感覚だと思う。

 

そんなわけだから、恋愛とか結婚とか家族を持つとかそういう物から一番遠いところにいるべきだと、自分で思っている。

にも関わらず、他人から好意を向けて頂く機会の多い人生だった(有難いことだが)。

 

今まで自分に好意を向けてきた人にそんな話はしてこなかった。

それで、至って普通の、少々消極的なくらいの人間のふりをして、何となくやり過ごしてきた。

女であることを求められる、女性らしさを求められる、そうであることが当たり前であると思い込まれている、思われている、普通でない自分を露呈できずにいる。

 

息が詰まる。

 

それも時間が経つにつれボロが出て、相手に興味がなくなったと勘違いされるんだけど。

無理なことなんて、そう長く続かない。

 

不快なのではない、嫌いなのでもない、ずっと自分の中で禁忌であったし恐怖の対象だった、ただただ苦手なのだ。今もそう。

 

上手くそれが伝達出来ない。どう言ったら伝わるのかも分からない。

口にできない言葉が多すぎて、表現する手段すら見つからない。

 

私はなんと面倒臭い、人間らしさの足りない生き物だろうか。

それでも人並みに、孤独でいることは嫌だと思う。

私が私でなかったら良かったかもしれない、などと思う深夜。