コトダマリ

抜け殻の感性。

凋落

幼い頃にたった1度見た夢を未だに覚えている

仄暗い雑居ビルの黄色い螺旋階段を降りている。
知っているようで知らない場所、
床の表面はなめらかな塩ビで、なんだかかぼちゃプリンみたいな。

目を凝らしながら一段一段確かめるように。

左足が次の段に触れた瞬間、
その表面ははまるでスプーンを刺したポットパイみたいにパラパラと音を立てて崩れていく。

ぽっかりと空いた空洞。
あとほんの少しバランスを失えば私はそこに吸い込まれていたであろうな
などと考えながら
驚くでも怖気るでもなく、私はそこに立っている。

手すりの向こうにそれを下の階から無表情に眺めている人が見えた。

私は昔から、どうにもその人が苦手だ。
何年もの付き合いになるが、何を考えているのか、どういう人物なのかさっぱりわからない。

こちらの視線に気付いたその人は所在なさげに目を泳がせ
それからもう一度こちらを一瞥した後、何も言わずに下へ降りていった。

やはりこの人はよく分からない。



そこで夢から覚めた。
悪夢でもなんでもない、ただそれだけのことを忘れられずにいる。

夢の中で私を無表情に見つめていた、
今も尚、どうにも、母親と呼ばれるその人が苦手だ。

笑った顔も怒った顔も幾度となく見てきたはずだが、記憶の中の母親はいつもあの階段でただこちらを見つめている。


血の繋がりがあることも、金や労力を惜しまない事も、殴らずにいることも、殺さずにいることも、どれも愛の証明にはならないが
その頃の私はそれを知らなかった。

蝕まれさえしなければそれが幸せだと思っていた。
幸せでいさせてくれるのは、愛されているからだと拡大解釈した。

けれど
生まれたのがお前じゃなければよかった、と
そう その人の口から聞いたとき

そう言い放ったその人は、夢の中と同じ目をしていて
私は全ての間違いに気付いて
だから私は あの目を永遠に忘れられない。