コトダマリ

抜け殻の感性。

好きな人の子供が嫌い

私が薄情な人間なのかな。などと考えている。
どんなに憎んでいる相手でも、その者の命の危機に瀕したその時になれば、少しは感情が振れることもあるかもしれない、と思っていた。
が、やっぱりそんなことは、全然なさそう。


血の繋がりなんて、遺伝子の形の継承に過ぎない。
育てたなんて、作った義務を果たしたに過ぎない。
二十年以上も共に生活をした相手に対して、そうとしか思えないまま今を迎えたという、その事実がもはや全て。

生まれつき性格の捻れた人間というのはそんなに居ないと思うし、子供が何の理由もなく親を憎むことだってないと思う。

結局これまでの些細な(些細と呼べないものもある)負債の積み重ね。
本人はかつて私に手をあげたことを笑い話にしていたけれど。

ウケルーオモシローイ キャッキャッ


昔、私のしていることは、ただの傷の舐め合いだと非難されたことを思い出した。
傷をつけた張本人が、傷を舐め合い束の間の安らぎを得ることすら非難して、それでも生きていろなどと言うのは随分勝手だなと思った。

痛みを誤魔化してやり過ごすことすら許さないなら、殺してくれた方がまだ人道的だと思う。

私は人道的であるから、苦しんで生き続けろなんて言わないよ。
もちろん安らかにとも思わないけど。

助けられなかったから、助けもしない。
慈しまれなかったから、慈しみもしない。
愛されなかったから、愛しもしない。


おまえの人格が歪んでいるから他者とうまくやれないのだと言われて育ったけれど
ただひたすらに受け身であれば絶対に得られないそれを、他人とはそれなりに形成出来ているので、やっぱりこちらだけの問題じゃないと思うんだよね。


祖母にだけ申し訳なく思います。
こんな孫で、あなたの息子を大切に出来なくてごめんなさい。